聖書ギリシア語の夕べ

日本聖書神学校の聖書ギリシア語通信講座でコイネー・ギリシア語を勉強しています

6)ギリシア語は日本語の名詞+格助詞で1つの単語(ギリシア語の格変化の話) 10

 

 私はギリシア語を勉強するまで格変化という言葉を知らなかった。

 格変化とは、名詞などの語尾が主語になるか目的語になるかなどにより変化するもの。

 簡単に言ってしまえば、日本語のように名詞の後ろに”て、に、を、が(格助詞)”みたいなものがつくと考えればよい。

 だからギリシア語の名詞は、それぞれ格に従い、格助詞をつけた形で訳さなければならない。

 

 以下、私が誤って訳した添削課題の写真

 

 

新約聖書ギリシア語独習 練習課題13(教科書 P11•P12)の解答

1. θεοῦ 神の θεόν 神を

2. ἄνθρωπος 人は ἄνθρωπε 人よ ἀνθρωπῳ 人に

3. κυρίου 主の ἄγγελον 御使いの δούλω しもべに υἱός 子は

4. υἱὸς θεοῦ 神の子は

5. υἱὸς ἀνθρώπου 人の子は ἄνγγελον κυρίον 主の御使いを

6. δούλῳ Χριστοῦ キリストのしもべに υἱὲ θεοῦ 神の子よ

7. ῳ ἄωθρωπε θεοῦ おー!神の人よ

8. Παῦλος δούλος θεοῦ 神のしもべパウロ

9. λόγος υἱοῦ θεοῦ 神の子の言葉は

10. λόγος Παύλου δούλου Χριστοῦ キリストのしもべパウロの言葉は

 

ギリシア語の名詞を日本語に訳す時は必ずギリシア語の格に合った格助詞をつける。

 

 ギリシア語の格変化(コイネー時代)

 主格(第1格):私は、あなたは、彼は、彼女は 日本語の“名詞+はorが格助詞”

 属格(第2格):私の、あなたの、彼の、彼女の 日本語の“名詞+の(所有格)”

 与格(第3格):私に、あなたに、彼に、彼女に 日本語の“に格助詞”

 対格(第4格):私を、あなたを、彼を、彼女を 日本語の“を格助詞”

 呼格(第5格):◯◯よ、呼びかける形(新約聖書時代以降は主格で代用することが多い)

 主格は主語。属格は所有。与格と対格は目的語。呼格は呼びかけ。そんな感じで覚えればよい。

※現在ギリシア語では、前置詞σε(セ)+対格で与格を表すため、与格は消滅。主格、属格、対格の3格となっている。

 

 ヨーロッパの言葉の多くには、もともと格変化があった。

 それが残っているのがギリシア語だ。

 英語は代名詞だけ、その名残が見られる。

 

 英語の格変化

 主格 :I、you、he、she

 所有格:my、your、his、her(ギリシア語の属格に相当)

 目的格:me、you、him、her(ギリシア語の与格と対格に相当)

 

 またギリシア語では、前置詞の後ろに置く言葉の格が決まっている(前置詞の格支配)

 1つの格しかとれない前置詞と複数の格がとれる前置詞があるが、複数の格がとれる前置詞であっても、どの格かによって同じ言葉でも意味が違ってしまう。

 ちなみに前置詞の後ろに置かれた場合、格にはこんな感じのニュアンスが現れることが多い。

 

 属格:ある物の中から出てくるイメージ。( 英語の out of ) 

 与格:ある物の中にあるイメージ。( 英語の in )

 対格:ある物へ向かっていくイメージ。( 英語の into )

 

 あくまでイメージであり、全然違うこともあるので注意。

 前置詞は目的語の前につくものなので主語を表す主格の前にはつかない。

 

 <例> 

 ἐκ (エク)、ἐν (エン)、εἰς (エイス)、παρά (パラ)

 ἐκ+ 属格 ~の中から   παρά+対格 ~のそばへ

 ἐν+与格 ~の中に    παρά+属格 ~のそばから

 εἰς+対格 ~の中へ    παρά+与格 ~のそばで

 

 格変化が5つもあり、しかもそれぞれ単数と複数とある。合計10個。

 1つの単語が10個もの変化形を持つ。

 しかも性によって変化形が違う。同じ性でも3つほど変化の型がある。

 最初から気が滅入る話であり、実際、一覧表を見てかなり気が滅入る。

 これで「ギリシア語は難しい」と言って断念してしまう人も多いだろう。

 

 しかしその変化形には、おおよそ傾向がある。

 慣れてくると感覚で予想がつくようになる。

 

 英語のように自分で考え文章を書いたり言葉を発したりしなければいけない言語なら、一字一句覚えなければならない。

 しかし古典を読むだけなら、なんとなく感覚で、これが与格かな、これが対格かなと予想がつけば、文脈からそれとなく読めてしまう。

 最初はそんな感じでいいのではないかと思う。

 

 また格変化をやるとギリシア語が物事を的確に表すことのできる優れた言語だと分かる。

 日本語ではあいまいにしか表せないことでも、ギリシア語では明確に表すことができる。

 例えば「眠れる森の美女」という名詞句がある。

 日本語では眠っているのは森なのか美女なのかが分からない。

 英語なら「The sleeping beauty in the forest 」なら眠っているのは美女だし、「The beauty in the sleeping forest」なら眠っているのは森でありそこにいる美女となる。

 ギリシア語も英語と同じようにはっきりと表すことができる。

 

 英語は単語の位置関係で主語か目的語かなどを表すが、ギリシア語はそれを格で表す。

 英語の方が覚えることが少なくシンプルでよいと思う。昔の人もそう考えたのだろう。

 ギリシア語も時代が下るに従い、言葉の順序が決まり、格の役割は減る傾向にある。

 

 しかし、位置関係で主語や目的語を表す言葉より日本語やギリシア語のように名詞の後ろに格助詞をつけたり名詞の語尾を変化をさせたりしてそれを示す言葉の方が、細かい感情の機微を伝えることができる。

 また、これらの言語は単語の配置が崩れても意味が崩れないので、単語を置く位置を変え、さらに微妙な心の変化をも伝えることができる。

 

 “そんな侘び寂びなど必要ない。それより情報を的確に伝えることが大事”

 そうかもしれない。でもギリシア語の繊細さは、同じく繊細な言葉を持つ日本人としては、ほほ笑ましい。