1)ギリシア?ギリシャ?新約聖書の原典について 1
1)ギリシアとギリシャ
日本語の “ギリシア” は、ラテン語のGraecia(グライキア)に由来する。
戦国時代、ポルトガル語のGrecia(グレシア)から “ギリシア” となった。
意外と古い日本語だ。
また、過去にはギリシヤやゲレシヤ、また漢字の希臘(シーラー)などが使われてきた。
ギリシア、ギリシャのどちらも、ギリシア語での呼び名、ヘッラス(古典期)、エラーザ(現在)からはかけ離れている。
だから “どちらが正しく、どちらが誤っている” とは言えない。
傾向としては、古典や学術的なものは “ギリシア”、国名表記や観光関連では “ギリシャ” の表記が多いようだ。
ビザンツ帝国滅亡前のギリシアを “ギリシア” と呼び、それ以降のギリシアを “ギリシャ” と呼ぶ人もいる。
どちらを使うかは人それぞれ。統一した見解はない。
そこで、このブログでは “ギリシア” で統一した。
2)新約聖書とギリシア語
新約聖書は世界で最も多くの人に読まれている本だ。
しかし、その原典が何語で書かれたか知らない人は多い。
“旧約聖書は、ユダヤ人の言葉、ヘブライ語で書かれたのだから、新約聖書も同じくヘブライ語で書かれたのではないか?”
“キリスト教はローマ帝国で起こった宗教だから、どちらもローマ帝国の公用語、ラテン語で書かれたのではないか?”
キリスト教から聖書を知った私は “どちらもラテン語で書かれている” と考えていた。
なぜギリシア語なのか!と、とても驚いたものだ。
キリスト教はユダヤ人の宗教であるユダヤ教を母体としており、そこから枝分かれした宗教。旧約聖書が、ユダヤ人の言葉、ヘブライ語で書かれたことは分かる。
キリスト教が起こった1世紀の東地中海沿岸地方は、ローマ帝国に支配されていた。
しかし、ローマ帝国に支配される前、この地域はアレクサンドロス大王の遠征(BC334年~BC323年)によって生まれたギリシア系の国々に支配されていた。
それらの国々では共通語としてギリシア語が話されていた。
ローマ帝国に支配された後も、この地域での共通語はギリシア語であり、ラテン語よりギリシア語が普及していた。
新約聖書は、ユダヤ人だけでなく異邦人(非ユダヤ人)へも、幅広く福音(キリストの教え)を広めるため、当時の国際共通語であったギリシア語を用いて書かれた。
3)コイネー・ギリシア語(新約聖書ギリシア語)
ギリシア語は、大変長い歴史を持つ言葉だ。
日本の歴史よりもっともっと長い。
ヨーロッパの言語で一番初めに文字で記された言葉とされている。
だから時代ごとに異なるギリシア語が用いられている。
新約聖書は、紀元前4世紀のアレクサンドロス大王の遠征から紀元後4世紀のローマ帝国のコンスタンティノープルへの遷都までの間に用いられていた “コイネー・ギリシア語(共通ギリシア語)” で書かれている。
コイネー・ギリシア語は、古典ギリシア語(イオニア・アッテカ方言 “アテネ市を中心とした地域の方言” )から作られた共通語としてのギリシア語だ。
古典ギリシア語よりやや簡略化されており、現在のギリシア語の基礎となっている。
<古典ギリシア語>
イリアス・オデュセイヤ、ヘロドトス、プラトンやアリストテレスの各著作が書かれた時代(都市国家の時代・BC8世紀~BC4世紀)のギリシア語。
4)新約聖書原典について
紫式部が源氏物語を筆で書いた紙(原稿)が今でも残っているだろうか?
清少納言が枕草子を筆で書いた紙(原稿)が今でも残っているだろうか?
残念ながら1つも残っていない。1枚、1字、1句、まったく残っていない。
そもそも、紙であっても経年劣化する。
厳重に保管するか、奇跡的な好条件に恵まれない限り、1000年もたつとボロボロになってしまう。
今に残っているものは、後世の人が書き写した写本だけだ。
それらの写本から作品を導き出している。
新約聖書も同じ。聖書記者が書いた親筆書(聖書原典)は残っていない。
1枚、1字、1句、まったく残っていない。
しかし、聖書記者の親筆書を書き写した写本が、多数、今に至るまで残っている。
その数なんと5000部。
ガリア戦記やタキトゥスの「年代記」など、重要な名著であっても、2000年の時を経て残っているものは10部から20部程度。
新約聖書は、その500倍から250倍もの写本が残っている。
“いかに多くの人が、この本の重要性を認識していたか” がうかがわれる。
多くの写本を比べ、写し誤りを除き、親筆書に限りなく近い状態の文書を求める作業を本文批判(ほんもんひひょう)と言う。
これは、とても大変な作業だ。
でも聖書は1字1句損なわれてはいけない神様からのメッセージ。
ものすごく慎重にこの作業が進められ、2000年の時を経て現在まで神様からのメッセージ(新約聖書)が伝えられてきた。
これはものすごくすごいこと。昔の人にいくら感謝しても感謝しきれない。
私たちが2000年前のイエスの言葉をじかに読めるのは、「神の奇跡」と言っても、過言ではない。
新約聖書ギリシア語を学ぶとは、“この奇跡を体感すること” である。
現在、最も権威がある新約聖書原文(コイネー・ギリシア語)は、ネストレ・アーラントの「ノーウム・テスタメントゥム・グラエチェ(Novum Testamentum Graece)」、現在、28版までが出版されている。
日本で普及している新改訳聖書および新共同訳聖書もこのネストレ・アーランドの「ノーウム・テスタメントゥム・グラエチェ」を底本としている。
新改訳聖書の新約部分の底本は、ネストレ・アーランド「ノーウム・テスタメントゥム・グラエチェ 第24版」
新共同訳聖書の新約部分の底本は、聖書協会世界連盟のギリシア語新約聖書修正第3版(ネストレ・アーランド「ノーウム・テスタメントゥム・グラエチェ 第26版」と同じもの)